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2003年、女性週刊誌からの取材

お久しぶりです、shin1です。

梅雨のシーズン、暑い日が続いていますが皆様、如何お過ごしでしょうか?

今日は、MOMOE☆WORLDを開設してから5年になろうとしていた2003年に、女性週刊誌からの取材について、私がEメールで回答した内容をご紹介します。なお、この内容の一部は、週刊誌の特集記事に掲載されました。

週刊女性 (2003年5月20日号:週刊女性)

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下記の通り回答致します。
自由奔放に書かせて頂きますので、おかしな表現、感覚があるかも知れませんがご了承ください。宜しくお願い致します。

◆<質問>
shin1さんが初めて百恵さんの存在を知ったのは何歳頃でどんな媒体ですか。---TVであればどんな番組か、雑誌だったらどんな記事や写真だったか・・・

◎<回答>
脳裏に残る微かな記憶なのですが当時の日テレ系の「スター誕生」の予選のテレビ審査の時の歌唱シーンです。曲はご存知、牧場ユミの「回転木馬」でした。
昭和47年の後半で百恵は当時、中2でデビュー前、私が小学生の時でした。(年がバレてしまいますね)因みにこの頃の主要放映映像は、もはやTV局で処分されたと言われ、現在は音声のみが残っています。残念なことです。

◆その時の印象は? すぐファンになったんですか。さらに、今に至るまでの思いを含め、shin1さんにとっての百恵さんの魅力を多いに語ってください。

◎印象的にはスター性を感じない普通の女性といった感じでしたが、すぐにはファンとして惹かれませんでした。当時、百恵はまだプロではなく、姉への憧れのようなものを抱いていた私は多感な時期を迎え、百恵は歌手デビューし、アイドル~青い性典路線、またテレビ女優として「赤い疑惑」に出演していた頃に熱が高まり最も好きでした。その後、更にTV番組とリンクして友和氏との愛が深まるに連れて興味が薄れていった覚えがあります。やがて彼女は引退、結婚。私の彼女への熱意は冷めていました。時は流れ'89年のベストCD「百恵復活」の登場で私の心も復活しました。ですから百恵ファンといっても途中ブランクがあるので正統派というよりは異質派とでもいいましょうか。

◆重複しますが、当時の「花の中三トリオ」の中で百恵さんに魅かれたのはなぜですか。また、当時のお友達や身の回りの人では、どんなタレントのファンが多かったですか。

◎俗に言われる普通のアイドルとは違う、暗い・媚びない・笑わない所が私には妙な親近感となっていました。決して美人というわけではなく(好みの顔立ちではありましたが)、歌も特別うまくなく、それでいて、いそうでいない不思議な女性(お姉さん)といった感じがしていました。世間ではとかくタイプの違う「陽」の桜田淳子と比較される事が多かったですね。ですから当時の私の在籍クラスでも男子は圧倒的に桜田淳子、百恵ファンは少数派でした。しかし女子の中には結構、百恵(三浦友和も含め)の話題で盛り上っていたのを覚えています。

◆その後のshin1さんのファンぶりというかファン人生を、できればエピソードを交え詳しく語ってください。(例えば百恵ちゃん祭りのチケットを徹夜で並んで買った? とか・・・)

◎先にも書いたとおり、ファン歴に途中ブランクがあり、百恵引退時などはYMOやサザン等に没頭していたため意外と当時のエピソードは持っていません。強いて言えばファン復活後に急激に百恵アイテム(市販CD、ビデオ、雑誌等)を買い漁ったことやオフ会で知り合った人たちと国立市の百恵御殿、横須賀時代の名所などを訪れたことです。

◆一般的に百恵さんは「横須賀ストーリー」あたりから、単なるアイドルタレントを脱し、どんどんすごいアーティストになっていったと言われますが、shin1さんはどうお考えになりますか。

◎歌手としては宇崎夫妻(竜童、阿木)との出会いにより性典モノから歌唱派に転換していくと同時に、彼女が年齢を重ねることも含め、アイドル→プロ歌手となったことによりイメージが変わりました。やはり「横スト」は百恵転機の曲と言えるでしょう。一方、女優業も兼ねていた百恵にとって三浦友和の存在は大きかったと思います。友和氏なくしては百恵(歌手業も含め)の存在はなかったと思います。

◆音楽評論家の平岡正明さんが‘79年に「山口百恵は菩薩である」という本を出版されていますが、もしお読みであれば、shin1さんは、あの内容をどう思われますか。

◎私も読みましたが、宗教的想定のもとに百恵を置いており、非現実的な感じがしました。アイドル百恵ファン出身の私にはあまり共感できませんでした。やはり人間、山口百恵なのですから。歌手百恵の遍歴を述べる研究書としては面白かったですが。

◆‘79年の、「恋人宣言」、続く「結婚・引退宣言」があった時にはどう思われましたか。

◎決定的に関心が薄れて行ったのを覚えています。百恵も人の子、当然の成り行きだと傍観していました。異質派ファンの極みでしょうか。

◆引退後、本当に家庭に専念し、一切マスコミに出ない姿勢を貫いている、その生き方についてはどう思われますか。

◎ファンとの決別に示した約束どおりに生きていて好感が持てます。ここまで来て芸能界復活は在り得ないと思いますし、俳優の夫、三浦友和の妻である以上、復帰はファンへの裏切りと共に不本意なことと思います。

◆百恵さんのHPを始めたのはいつ頃、どんな思いからでしたか。また、いまだに毎日、何百ものアクセスがあるようですが、どんな方が多いのでしょうか。さらにそのことについてshin1さんはどう思われますか。

◎1998年8月15日の終戦記念日に正式公開しました。私の子供の頃の山口百恵の思い出の整理、それから二度と復帰しない彼女の残してきたパフォーマンスをネットコミュニティーの場で不特定多数の人に見てもらおうと思ったからです。反響的には当時のオールドファンから最近のメディアやアイテムに刺激された若いファンまで沢山の老若男女が未だに彼女に魅かれていることに驚きました。年齢層的には一番多いのは百恵同世代の40代の男女で、その世代を親に持つ中高生の男女も割と多い状況です。

◆shin1さんが一番好きな百恵さんのシングル曲とアルバム、三つくらいずつ挙げていただけますか。また、その理由もお願いします。

◎シングル:
・夢先案内人(珍しく明るい曲でお気に入り)
 →百恵シングルでは上記と「乙女座 宮」「しなやかに歌って」以外はほとんど暗い曲調です。
・さよならの向う側(別れの定番、感動的)
・いい日旅立ち(日本人の心、いい曲です)
アルバム:
・百恵白書(I came from~、歌い継がれてゆく~等、佳曲の集大成)
・A FACE IN A VISION(TV激写の影響大)

◆その他、この際、shin1さんが百恵さんに寄せる思いや書きたい事、なんでもご自由にお書きください。

◎百恵さんには絶対に芸能界復帰して欲しくありません。しないとは思いますが。小生がサイトMOMOE☆WORLDを開設して早5年、百恵デビュー30周年でもある今年2003年、更なるページコンテンツの充実を図りたいと思っています。理想的にはデータベースや百恵年表、コレクション紹介等々。それから、百恵さんが当サイトを訪れていることを信じて止みません。

ありがとうございました。

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懐かしい山口百恵の歌唱シーンの数々「夜のヒットスタジオ」が放送中です。

◆フジテレビTWO
http://www.fujitv.co.jp/otn/b_hp/909200031.html

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それでは、次回またお会いしましょう。

■WEBサイト 山口百恵 MOMOE☆WORLD
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■管理者 shin1
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